教養のための中国語
著者 金 文京
教養のための中国語オンラインブックダウンロード - この本を見つけたり読んだりすることにした場合は、以下に参考のために教養のための中国語の詳細に関する情報を示します。 素晴らしいナレーションで。 教養のための中国語は今年人気のある本の1つです。 これには237ページページが含まれており、単行本形式で利用できます。 この本は、その4.6の評価と、約2のユーザーレビューを得て、非常に驚きました。 ですから、この本を読み終えた後は、読者にこの素晴らしい本を過小評価しないことをお勧めします。 教養のための中国語 をリーディングリストとして使用する必要があります。そうしないと、人生でまだ読んでいないので残念です。 これは、この書籍を市場または別の書籍販売者で検索するために使用できる書籍の識別子です。isbn:4469231177、ean:4469231177またはasin:asin。
本のタイトル : 教養のための中国語
平均的な顧客フィードバック : 4.6 5つ星のうち 2 カスタマーレビュー
ファイル名 : 教養のための中国語.pdf
ファイルサイズ : 27.6 MB
以下は、教養のための中国語に関する最も有用なレビューの一部です。 この本を購入する/読むことを決定する前にこれを検討することができます。
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以下は、教養のための中国語に関する最も有用なレビューの一部です。 この本を購入する/読むことを決定する前にこれを検討することができます。
この本は、「中国の歴史」第4巻「三国志の世界」の著者金文京の著作紹介に記載された題名:「教養のための中国語」というタイトルに惹かれて購入した。その題名とは全く異なる読後感を紹介したいがために投稿したい。著者の想定した読者は、「はじめに」に書かれているように「初心者」と「万年初級者」及び「独学初級者」である。私も大学で中国語を体験し、定年後再開した中国語学習者、いわば「独学万年初級者」であり、結果オーライの選書であった。書名の「教養のための」という修飾は、大学で初めて学ぶ大学生に対する教養科目としての「中国語」を意識したために、そう名付けたとも思える。つまりはじめて「中国語」と接する大学生に対するタイトルとして修飾されたものと思えたが、読み進むうちに実は必ずしもそうでもないと思うようになった。実は、「教養」のための中国語とは、日本人がはじめて学んだ外国語:「英語」、古代中国語としての「漢文」、そして無意識のうちに身に付けた「現代日本語」という三者の言語体系に対するいわば比較言語学としての「教養」であり、これを身につけて中国語を学んでほしいという著者のメッセージに他ならない。しかしそのタイトルにも関わらず、ここで紹介されている中国語解説は、はじめて中国語を学ぶ日本人だけでなく、私のような万年初級者にも極めて有益な解説書でもあると実感した。とくに日常的に中国語の発話と聴取の環境にない日本在住の日本人にとって、中国語を「ことば」として発すためには、発音に自信のないが故に確信犯的な発話が不可欠だからである。その為には、中国語の文章構造を徹底的に理解し、発話段階で文型をつねに意識して発話することが最も有効であると感じてきた者には、最適な解説書であると思う。いくつか、私がこの本で理解できたことを列挙してみたい。1) 中国語の動詞は、時制ではなく、動態でしかないこと(「了」の不要事例)2) 中国語の主語は英語とは違い、行為の主体を示す訳ではない。(主題を明示する)3) 動量詞の使い方(「下」「次」「回」など動量詞と「了」の使い方)4) 日本語:「雨が降る」「雨が止む」がどうして「下雨」「雨停」になるのか(自然現象文の理解)5) 「形容詞+得」の様態補語「得」の使い方(日本語的な文型事例として)6) 中国語の音節構造と押韻(韻を踏むとは「主母音と鼻音」の一致のこと」)7) 「結婚」=動詞+目的語 vs「説明」=動詞+結果補語の相違(単語と文の構造の理解)8) 「把」構文の理解(「把」の反対文は「被」で作成できること)これ以外にも中国語が英語的形式と日本語的形式の二つの表現形式をもつことの事例が沢山紹介されており、その理解と訓練を通じて、中国語による発話にダイレクトにつながり、辿々しくとも中国人に意味の通じる発話が可能になると確信した次第である。また本書は、北京に到着した日本人学生が案内役の中国人男女との会話や日記などを通じて中国を学ぶという形式で解説されており、そのストーリーにも興味をもってもらう工夫も織り込まれていて、とても楽しく飽きさせない本だった。但しこの本は、91年発刊であり、古い建物とことばがあることは否めない。しかしそれは教養としての中国語の理解を妨げるものではないことを付記しておきたい。
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